2017年12月19日

12/18(月) 茨木市 人権を考える市民の集い

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1218日(月)

茨木市人権センター、茨木市教育委員会主催 「人権を考える市民の集い 」のゲストにお招きいただきました。


会場は茨木市市民総合センター。


講演会のゲストは蓮池 薫さん。

会場は超満員!!

予約があまりに多かったそうで、会議室などのいくつかの部屋でパブリックビューイングも開催されました。


PYLON、蓮池さんの講演の前にしっかり会場をあたためさせていただきました♪


ちょっと短めのミニライブでしたが、どの曲にも大きな拍手をいただき嬉しかったです!

終わってからロビーでお会いした方には「素晴らしい演奏をありがとうございました!」と声をかけていただき感激しました☆


スタッフの皆さん、お世話になり、ありがとうございました(^∇^)


PYLONのステージを終えて、蓮池さんの講演を拝聴させていただきました。


壮絶な体験を語られました。


私の拙い文章では伝わらないかもしれませんが。。。よければ読んでくださいm(_ _)m



19787/31、大学生だった蓮池さんと後の奥さまは(当時は付き合い始めて1年ほどの恋人同士だったそう)、新潟の海岸をデート中に突然北朝鮮の工作員に襲われ、拉致されました。

目の上を殴られ、顔にテープを巻きつけられ、船の中で隔離され、という恐ろしい目に遭われたその様子、ご自身の心の機微も、映像が浮かんでくるほど詳しく語られました。


北朝鮮では過酷な生活を強いられながら、北朝鮮側はあの手この手で蓮池さんたちを洗脳し、北朝鮮の工作員に仕立てようと教育指導し続けたそうです。


1年半が経った頃にようやく奥さまと再会できて、結婚式も挙げてもらえたそうです。

後から分かった事だそうですが、日本に帰りたいという思いや自殺などを減らすためにもカップルは結婚させ、独身者には相手を見つけ結婚させたと。


多くの規制がある生活の中で、その後2人のお子さんが生まれたものの、子供達には日本人であるということを隠し続けねばならず、子供達の将来を思うと不安にさいなまれる日々だったそうです。


拉致されてから24年もの月日が経った20029月、ようやく解放されましたが、その時は子供達は一緒ではなく、1年半経って子供さん達もやっと帰ってこられました。


解放が決まった時には、北朝鮮側から「拉致されたとは絶対に言うな、船で遭難したところを北朝鮮に救われたと言え」など理不尽な要求をされたそうです。



蓮池さんは、まだ北朝鮮に取り残されておられる拉致被害者の方々のことを思いやられ、私たちみんなにこのことを絶対に忘れないで、考えて、行動もしてほしいと切に訴えてらっしゃいました。




今年の漢字が「北」になるくらい、核もミサイルも本当に怖いけれど、拉致被害者の方々の事、後回しになりませんようにと、心から思いました。



拉致被害者の方々、そのご家族のみなさんが一刻も早く平穏な日常を取り戻されますようにと、ひたすら願うばかりです。




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posted by PYLON at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校公演・鑑賞会
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